志摩半島の旅~疑問さえ浮かばない不可侵なモノに対する敬服~
伊勢神宮へ参拝し、弊社やスタッフ、関係者やクライアントウェブの発展と幸せを祈願しました。
時間的な余裕がなかったので、外宮へは行けませんでしたが、内宮だけでも非常にスピリチュアルな空気を感じます。

夏休み最後ということもあり活気に溢れています。

入口。なんだか身が引き締まりました。

川には魚やカエルがいっぱい

空気がきれいでリラックス

樹齢ウン百歳という木が多く存在し、余計な看板や人などは排し、自然の中に存在する建物とそこにある「何か」が我々の歩みを進めたのでした。

我々が参拝した場所の先には正殿があり、天皇による参拝が行われるそうです。
そこへは我々は進めませんが、横の柵から見える風景はなんとも神秘的で、この「なんでも叶う世界」と思い込んでいる日常からは脱した空間が存在しているようでした。
リアス式海岸の広がる景色
次の日は志摩の横山展望台へリアス式海岸の広がる志摩半島の先端の景色を堪能。伊勢神宮でも感じた、「なんでも叶う世界」とは違う雄大で圧倒的な自然にただただ感服するだけでした。
「日本にもこんな場所があるんだ」という声が皆から出たのも納得です。
地中海に行く前に、志摩の横山展望台からの景色を是非!

今回の旅の目的は、お伊勢参りでしたが、私が感じたのは、アグレッシブに生きることが経済活動に繋がるばかりではなく、世に存在する認めなければいけない文化や自然をより理解することで、「できないこともある」という認識でした。
これを「疑問さえ浮かばない不可侵なモノに対する敬服」とまとめます。
これは消極的ではなく、いつかできることもあれば、できないからこそ「考える」という思考です。
これは、正義というものはなにか?を考えましょう!という思想本です。
なにが正しくて、何が正しくないか?の判断は日々繰り返されることでしょう。
仕事という業務においても、それは続きます。
それでは、正しくないものとはなんなのでしょうか?
正しいものとはなにを指すのでしょうか?

志摩半島で感じた、「疑問さえ浮かばない不可侵なモノに対する敬服」は、日々に置き換えると、正しさの定義づけの難しさに繋がります。
人という生き物とのコミュニケーションにおいて、不可侵な箇所とそうではない箇所のすみわけが随分と変わりました。
より高い個人のプライベートを主張する若者が増えた一方、ソーシャルネットワークという概念から発する個人情報の公開の加速。
この状況はデジタルディバイト以上のあらたな格差を生み出すことになるでしょう。
業務を遂行するにあたり、「疑問さえ浮かばない不可侵なモノに対する敬服」を持つことで、より高いコミュニケーションが気づかれるのではないでしょうか?
これは、社内に限らず、社外に対しても同様です。
今回の旅の目的は、私個人としては、「できすぎ」なぐらい良い影響を受けたようです。

これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学

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